歯を支える歯ぐき(歯肉)や骨(歯槽骨)が壊されていく病気です。歯ぐき(歯肉)の内側は普段見ることは出来ませんが、歯の根の表面にあるセメント質と歯槽骨との間に歯根膜という線維が繋がっていて、歯が骨から抜け落ちないようにしっかりと支えています(図1)。むし歯は歯そのものが壊されていく病気ですが、歯周病はこれらの組織が壊され、最後には歯が抜け落ちてしまう病気です。日本人の40歳以上の約8割がこの病気に罹っています(図2)。日々の生活習慣がこの病気になる危険性を高めることから、生活習慣病のひとつに数えられています。
プラークとは、細菌の塊で1mgの中に300種類以上、1億を超える細菌が棲みついています。
唾液成分の糖タンパクが歯の表面に薄い皮膜(ペリクル)を作ります。その皮膜の上にくっついたミュータンス菌(むし歯菌)がショ糖を使ってグリコカリックスというネバネバした物質を作り自分の家づくりを始めます。すると棲みやすい場所ができたわけですから、口の中の細菌たちが家の中へ多量に侵入して、増えていきます。この状態を細菌性プラーク(プラーク)またはバイオフィルムと呼んでいます(図3)。船底や配管、三角コーナーや川の岩のぬめりといったものすべてはこのバイオフィルムです。この中は食べ物(栄養)や水も十分で温度も 37 ℃前後という大変よい環境で、悪玉細菌である歯周病菌は、産生する毒素で歯ぐきを腫らし、血や膿を出したり、歯の周りの骨を溶かしたりする原因となります。このプラークは、外からの抗菌薬(化膿止め)や唾液中の抗菌成分の攻撃に抵抗し、薬が効きにくい構造となっています(図4)。このプラークが唾液や血液の無機質成分を吸って固まったものを、歯石と呼びます。
では、どのような状態が歯周病にかかりやすいのでしょうか(図5)。歯周病にかかりやすくなる3つまたは4つの因子が知られています。
微生物因子(歯周病菌) 環境因子 またプラークの溜まりやすい、歯に合っていない被せ物があることなども含まれます。さらに口呼吸、すなわち口で呼吸をする習慣のある人も、口の中の粘膜や歯ぐきが乾燥しやすくなり、炎症を起こしやすいのでこれに含まれます。 宿主因子 よく歯を磨かなくてもむし歯や歯周病にかかりにくい人がいます。その理由のひとつには、生まれつきの私達の体の特徴があります。例えば、体を守る防衛軍である白血球などの力、すなわち体の免疫機能の違いもあります。 咬合因子(環境因子に含む場合もあり) 悪いかみ合わせ(外傷性咬合)、例えば歯ぎしり(ブラキシズム)や歯の食いしばりなど、歯に強い負担がかかる状態などが含まれます。 |
このように、歯周病を引き起こしやすい状態が重複することで、歯周病発症の危険性が高まります。特に、歯みがきを怠る口の中の清掃不良に加え喫煙などの生活習慣、過度のストレス、体調不良による宿主(体)の抵抗力の低下などが加わるととても危険です。
規則正しい生活習慣は、歯周病を寄せ付けないためにも大切な事です。また、生まれつき歯周病にかかりやすい方もいますので、自分の体についての情報を知る事も大切です。
歯周病に慢性的に罹っていると、様々な全身の病気に罹る危険性を高めることが知られています。
歯周病のある場所には、歯周病原性細菌とその細菌が産生する毒素、炎症のある場所で作られるケミカルメディエーターが存在し、歯周病が悪化するに従い、その量も増えてきます(図6-a)。これらのものが歯肉の毛細血管を通じて全身に搬送されると、心臓血管疾患、脳卒中(脳梗塞)、糖尿病の悪化、低体重児出産などを引き起こす危険性を高めることが分かってきました(図6-b~e)。また、唾液の中に混じった歯周病原性細菌を含む細菌が誤って気道から気管支、肺の方に入ると、気管支炎、肺炎(誤嚥性肺炎)の原因ともなります(図6-f)。さらに歯周病は肥満やメタボリックシンドロームとの関連も言われるようになっています。
よって歯周病の予防や治療は、全身の様々な病気の予防や治療に役立つことにもなり、健康な生活を送るためにとても大切なことです。
歯周病は大きく分けて、歯肉炎、歯周炎とに分けられます。
歯周病の初期の段階では、炎症が歯と歯ぐき(歯肉)に限局し、歯と歯ぐきの境目が赤く腫れたり、触れると出血したりします。健康な状態と比較して歯ぐき(歯肉)が腫れて盛り上がりますので、歯肉溝が深くなり、これを歯肉ポケットと呼びます(図1,2)。この段階では、炎症は歯の頸の部分に限られているので、早く発見して、歯と歯ぐきの周りのプラークを歯ブラシで一生懸命除去すれば、健康な状態に戻すことが可能です。
歯肉炎がさらに進行した状態です(図3-a~c)。歯ぐきの腫れや出血だけでなく、歯と歯ぐきの境目の部分が壊れて隙間が深くなり、歯周ポケット(真性ポケット)を形成します。プラークがさらにこの隙間に沿って侵入すると、根の先の方へとさらに破壊が進行してゆきます。そうすると歯を支えている歯根膜線維や歯槽骨が壊されて、歯がぐらぐらと揺れるようになってきます。症状としては、歯の揺れの他に、歯ぐきの腫れ、出血、ポケットからの排膿、口臭などがみられるようになります。一般的に慢性歯周炎の病名で、その進み具合から軽度・中等度・重度に分けられます。歯ぐきの炎症が急激に生じると、急性症状として高度な腫れや強い痛みを伴うことがあります。
歯周病は基本的にはプラークが歯ぐきに炎症を引き起こし、慢性的に進行する病気ですが、その状態を全身疾患、薬の副作用、性ホルモンの異常、異常なストレスや栄養不良、遺伝、全身の症候群などが修飾して特殊な病変を作り出すことがあります。このような状態を特殊性歯肉炎または歯周炎と呼びます。
1.歯周治療の流れ
医療面接、検査・診断を経て歯周治療が開始されますが、大きく分けて、歯周基本治療、歯周外科治療、口腔機能回復治療、SPT(詩集安定期治療)、メインテナンスに分かれます。そのステップごとに再度の検査(再評価)を挟んで、治療の効果が上がっているかどうかを確認します(図1)。基本治療では徹底した口腔衛生指導を行い、患者様自身のホームケアが良好に保てるように協力させていただきます。バイオフィルムの除去を行います。不適切なスケーリング・ルートプレーニングを行うと術後の疼痛を過剰に引き起こしたり、歯牙を損傷したりすることとなります。当医院では診療前の口腔内チェックにて部位ごとに使用する清掃器具を選定し必要最低限で最大の治療効果が出るシステム(GBT)・機材(EMSエアフロー)を導入ております。
3.歯周組織検査
プラーク付着の状態、はぐき(歯肉)からの出血、ポケットの深さ、歯の動揺度等を調べると共に、エックス線写真を撮影して歯の周りの歯槽骨の状態を確かめます。 この検査は、最初だけでなく、治療によって病気が治っているかを確かめるため、治療の節目でも行います(図2)。特にプラーク付着とポケットの深さの検査は、歯周治療を行う上でとても大切です。
6.歯周外科治療
歯周基本治療の後の再評価検査の結果、歯石がポケットの深いところに入り込んでいて除去できず、治っていない場合には外科的治療を行うことがあります。
a) フラップ手術
治っていない場所の歯ぐきを部分麻酔し、その後に剥離(切って開く)し、スケーラーの届かなかった部分の歯石や根の表面の汚れを取り除きます(図5)。取り除いた後は、開いた歯ぐきをきちんと閉じて縫合します。糸を抜くのは1週間程度後になります。
b) 歯周組織再生療法
通常の歯周治療では、失われた歯周組織を元通りの状態に戻すことはできません。その歯周組織を元通りにする「再生」を期待する治療法です。これには、特殊な膜を用いるGTR 法(歯周組織再生誘導法)(図6-a)とエナメルマトリックスタンパク質を主成分とした材料(エムドゲイン®)や保険適応であるリグロスを用いる方法(図6-b)とがあります。エナメルマトリックスタンパク質は、歯が生えてくるときに重要な役割をするタンパク質です。
これらの方法には適応症があり、よい条件の場合は効果が期待できますが、進行しすぎている歯周病に行っても効果はありません。
d)プラスチックサージェリー(歯周形成外科手術)
この手術は、見た目や機能の問題があるはぐきの形態などを整えることを目的に行うものです。ポケットをなくしたり組織を再生する目的の手術とは術式も異なります。
7.歯周検査(再評価検査2)
歯周外科治療を行った部位の改善状態を確かめるための検査です。この結果を基に治療計画を修正したり、口腔機能回復治療を行うかどうか、そしてメインテナンスへの移行を決めたりします。
8.口腔機能回復治療
歯周治療で改善が見られた場合、治った歯に対して被せ物(冠)、ブリッジや入れ歯(義歯)、インプラント治療、矯正治療を行います。これにより、かむ力、食べる力を向上させます。
9.メインテナンス(定期検診)
積極的な歯周治療が終わっても、治療が完全に終わったわけではありません。定期的に口の中、歯の周りの組織のチェックを受けること(メインテナンス)が必要となります(図7)。歯周病は再発しやすい病気ですので、場合によっては再度問題が見つかり、治療が必要となることもあります。メインテナンスの期間は、罹っていた歯周病の重篤度や患者さんの状態によっても異なります。是非とも期間を決めて、毎日の的確な歯磨きと規則正しい生活習慣が出来ているかどうか、再発がないか、定期的に歯医者さんでチェックを受けて下さい。
図引用:鴨井久一、沼部幸博著、新・歯周病をなおそう、砂書房、2008年
日本歯科大学生命歯学部 歯周病学講座 教授 沼部幸博
日本歯科医師会HPより引用・改変